予告編
あらすじ
1985年、野心あふれる英国の若きクライマーのジョー・シンプソン(ブレンダン・マッキー)とサイモン・イェーツ(ニコラス・アーロン)は、その困難さゆえに世界のトップクライマーさえ近づこうとしないペルーのアンデス山脈、標高6600mの難関シウラ・グランデ峰に挑む。前人未到の西側は、ほぼ垂直に立ち上がり、目指す頂上ははるか上空の雲に隠れて姿を見せない。想像を超えるスケール。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。彼らの挑戦が幕を開ける。氷壁に激しくアックスを打ち込み、アイゼンの蹴爪を壁に噛ませる。氷の火花を散らしながら、ひとつひとつの動作を確かめつつ、リズムを掴んでゆく。少しずつ刻むように、天空を目指し登っていくふたり。身体が熱を帯び始め、体内に血液が駆けめぐる。高度が上がるにつれ、呼吸も荒くなる。大きな岸壁や裂け目、氷柱が次々と行く手を阻み、落石が間一髪のところで頭をかすめてゆく。それでも冷静な判断力を失わずに、突き進む。ベースキャンプを持たずに登頂するアルパイン・スタイルは、食料も道具も最小限であるため、限られた時間で登頂を成功させなければならない。たとえ吹雪や闇夜になっても、ヘッドライトのわずかな光で登りつづけなければならない。頼れるのはパートナーだけだ。
3日目、幾多の困難を乗り越えて、ついに頂上を極める瞬間が訪れた。誰も足を踏み入れたことのない聖域。眼下に世界を見下ろしながら、肩を抱き合い互いをたたえ合う。これまでの苦難が一気に脳裏から離れて、全身に達成感が満ち溢れていく。しかし、下山は思うようにはならなかった。突如足場が崩れて、ジョーは急斜面に激しく叩きつけられ、数十メートルほど落下してしまう。太もものあたりから湧き上がる鋭い痛み。何度も立ち上がろうとするが、痛みと寒さで身体がいうことをきかない。骨が折れたのか? 絶望に駆られ、恐怖が身体を支配してゆく。山の恐怖を知り尽くしているジョーは、それが「死」を意味することを本能的に直感する。そんな苦渋に満ちたジョーの表情を見たサイモンも、瞬時にそれを察する。救助などとうてい望めない絶望的な状況。体感温度マイナス60度。食料も底を尽き、猛吹雪に見舞われ視界もゼロに等しい。それでも、どうにかジョーを生還させたいと、サイモンは互いの体をザイルで結び、わずかな可能性を信じて、前例のない単独救出を試みる。
しかし次の瞬間、ジョーの体は激しくバランスを崩し、垂直に切り立った氷壁で宙吊りになってしまう。生き残るにはザイルを登るしかないが、自由を失った身体では、どうすることもできない。ジョーを支えるサイモンも、限界をすでに超えていた。「今、このザイルを切らなければ、二人とも死んでしまう…」凍えきった手でナイフを取り出すと、サイモンは迷いを断つようにザイルを切る。宙に投げ出されたジョーは分厚い氷を突き破り、はるか下方で口を開けているクレバスの中へ落ちていった。クレバスの蒼暗い闇の底。奇跡的にジョーは一命を取り留めたが、内部は大聖堂のように天井が高く、出口はまったく見当たらない。冷たく無機質で、恐ろしい空間。何度も助けを求めて叫ぶが、その声は氷の中に閉ざされてしまう。「ここで死んでしまうのか」。迫りくる絶望と孤独。だが、自分を憐れみながら死を待つよりも、行動して死にたい。極限の状況の中で、ジョーの新たな挑戦が始まった。
結末
ジョーを取り巻く状況。それは普通の人間なら1日と持たない悲惨で絶望的な状況だ。深いクレバスに落ち込みかろうじて棚のようになっているところに引っかかっている、進退窮まった状況。骨折しているのでクレバスを這い上がることは出来ない。下を見れば底知れない深さのクレバスが不気味な黒い口をあけている。声を上げてもサイモンに届かない。氷りの檻にたった一人で取り残されている。夜は真の暗闇になる。足の痛みに加えて孤独感と不安感、そしてその上に恐怖と絶望感が積み重なる。肉体的にも精神的にも耐え難い状況だ。並の人間なら自殺を考えるか、発狂していただろう。
絶対的な孤独。底知れない恐怖と絶望。しかしジョーは生き延びる可能性に賭けた。上がれないなら下に降りよう。痛む足を引きずって彼は氷壁を降りる。片足しか使えないので、ゆっくりとしか降りられない。しかし着実に降りてゆく。訓練をつんだクライマーの体力と技術には驚くしかない。足が1本動かなくてもザイル1本で氷の壁を降りられるのだ。
やっと底に着いたかと思えば、そこは単に雪がたまっているだけで、その下にはまだ穴がある。彼自身の重みで雪だまりは下からどんどん崩れている。上を見上げると外の光が見える。幸いその斜面は緩やかだ。必死で体を引きずるようにして出口へと這い上がる。苦労の末ようやく地上に出る。そこで彼はサイモンの足跡を見つける。サイモンの足跡を見つけたとき、よかった彼も生きていたんだとジョーは喜ぶ。
しかし地上に出たとはいえ、彼の前にはまだ大きな壁が立ちふさがっていた。歩けない状態でどうやってテントまで下りてゆくのか。ベースキャンプはまだまだはるか下である。途中には危険なクレバスが無数に潜んでいる。食料もない。助けも来ない。やがてブリザードが襲ってきて、サイモンの足跡を消し去ってしまった。道標さえ失った。
複雑に深いクレバスが入った氷原を這い進む、まかり間違えばまた転落である。雪と氷が消えると、岩がごろごろ転がっている地面を、片足を引きずるようにして進んでゆく。何度も石の上に転倒する。歩けなくなるとごろごろした石の上を這って進む。このあたりは視覚的効果も加わって原作以上に迫真力があった。彼を支えたもの、それはとにかくあの目標まで20分で行こうという「20分ルール」だ。そのパターンの果てしのない繰り返し。1キロ進むことを考えれば気が遠くなるが、10メートル先の目標なら可能に思える。実に賢明な行動だ。
何日もかけて彼はやっとサイモンたちがいるテントの近くに到達し、助けられる。不思議なことにやっと助かったという感動は薄く、その後ラストも含めてほとんど記憶がない。恐らく助かるまでの苦闘があまりに凄まじすぎたため、その後の部分がかすんでしまうのだろう。テントに到達したところで事実上この壮絶な脱出劇は終わっているのである。本人がインタビューに出ているのだから、その後無事助かったことは分かっている。